浅野内匠頭終焉の地碑(東京都港区)
2026年7月10号 第761号

皇居東御苑内に残る忠臣蔵(赤穂事件)で有名な松の大廊下跡を訪れると、やはり「殿中でござる!」という有名なセリフを思い出します。浅野内匠頭が吉良上野介を脇差で斬りつけた際の言葉ですが、これは誰が言ったのか。内匠頭を取り押さえた梶川頼照です。この人物が事件の詳細を日記として残していたんですね。さて、内匠頭は官職名。名は長矩。赤穂藩3代目の藩主です。事件が起きたのは午前11時半過ぎ。朝廷との大切な儀式における幕府側の大失態だったため、当時の将軍綱吉は即日切腹を命じました。さらに赤穂藩も改易の沙汰。その反面、吉良にはまったくおとがめなしとあってこれがのちの吉良邸討ち入りの火種になったことは言うまでもありません。事件後、夕方には平川門より江戸城から出された内匠頭は、芝愛宕下にあった一関藩主田村家の藩邸へ。そして本当にその日のうちに藩邸の庭で切腹が執行されたのです。その後、遺体は浅野家家臣により引き取られて泉岳寺に埋葬。電報すらない時代、国元では、「殿が数日前に他界しただと?」と、さぞ困惑したでしょうね。泉岳寺を訪れると、内匠頭と討ち入りの指導者である家老大石内蔵助を筆頭とする四十七士の墓には、線香の煙が絶えません。碑は昭和15年に田村家藩邸の近く(現・新橋4丁目交差点そば)、JR新橋駅から徒歩10分ほどに位置します。 (パイン)

















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