樋野口稲荷神社(埼玉県三郷市東町)
2026年9月25日号 第766号

その昔、松戸市の一部が別の国だったとご存知でしょうか。場所は、松戸駅西口から歩いてもさほど遠くない樋野口地区。江戸時代の松戸は下総国でしたが、樋野口村だけは武蔵国だったのです。その理由は江戸川の流路の変遷。以前の川は「つ」の字状に蛇行しており、そこが両国の国境となっていました。現在の六間川や樋古根川は当時の名残でしょう(1644年の正保改定図でも周辺地域は武蔵国とされています)。しかし1731年の改修工事で川はまっすぐになり、村は東西に分断されてしまいます。しかも国境は据え置かれたまま。茨城県取手市の小堀(おおほり)地区が、現在も飛び地として残り、渡し船を運航しているケースとよく似ていますね。樋野口地域も分断後は渡し舟で結ばれていたそうです。明治に入り、村は合併して埼玉県北葛飾郡八木郷村へ。川を隔てた松戸側の飛び地は、明治38年になってようやく千葉県東葛飾郡明村へ移管されました。そんな歴史を証明するのが、今回ご紹介する『樋野口稲荷神社』。三郷市側で唯一「樋野口」の地名が残る場所です。江戸川の土手下にこぢんまりと鎮座し、境内にはミニ富士山も。江戸期に建てられた古い石碑は劣化が進み、ほとんど読めません。土手へ上がると対岸の松戸市樋野口地区が一望でき、かつて両岸が舟で結ばれていたことを伝える案内板が立っていました。
(パイン)

















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