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石碑めぐり 254

秋山夫人の旧墓所跡(旧秋山都摩墓跡)(松戸市平賀)

2024年1月12号 第701号

 小金は、一時期、武田信吉の所領でした。この信吉は武田氏の血縁ではなく、清和源氏の流れをくむ武田氏の断絶を惜しんだ徳川家康が、その名跡を継がせるべく、自身の五男に名乗らせました。武田氏の遺臣なども従として付かせています。
 秋山夫人は、この武田信吉の生母です。武田勝頼の姉婿であった穴山信君が、自身の養女分として徳川家康の側室に推した、家臣・秋山虎康の娘です。このとき十五歳であり、於都摩の方、あるいは穴山信君の居城名から下山殿と称されました。秋山夫人と呼ばれるようになるのは後のことです。
 武田信吉と、その母である秋山夫人は、所領である小金に一年と数カ月の間、居住していたようです。その後、信吉は佐倉へ国替えとなり、そこで十一年間を過ごしています。
 この佐倉への移封の直前に、秋山夫人は、二十四歳で病死しています。武田信吉の国替えとの関連性は定かではありませんが、それを境に、徳川氏の領国支配の重要な拠点から小金がはずれます。
 本土寺に向かう参道の左側に建てられている石碑(左上の写真)は、秋山夫人の最初の墓があった場所です。当時は石碑もなく、秋山夫人の法名から「日上の松」と呼ばれた一本の古松が生えていただけだったそうです。
 本土寺の本堂に向かって右側に入ると見られる「秋山夫人の墓」(右の写真)は、死後九十三年経ってから、武田信吉の甥にあたる水戸光圀が建立した墓石です。改葬にあたり「日上の松」の根本を掘りましたが、何も出なかったことから、その土を新桶に入れて手厚く供養し、新しい墓地に納めたと云われます。 (かつ)

※参考図書/「松戸市史」
◎所在地/松戸市平賀12-3

 

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